天地の造り主

Sat, 12 Feb 2005 12:52:38 JST (4454d)

信仰によって、私たちは、この世界が神のことばで造られたことを悟り、 したがって、見えるものが目に見えるものからできたのではないことを悟るのです。 (ヘブル人への手紙11章3節)

キリスト教会が信じている「全能の父」なる神は、「天地の造り主」なる神です。

天地とは、宇宙全体を意味します。

地球も、太陽も月、星も、美しい自然も、 大地も植物も動物も、そして私たち人間も、 この造り主、創造主なる神によって造られたものなのです。

ですから天地の造り主とは、私たち人間の、つまりあなたの造り主でもあるわけです。

このお方がもし存在しなければ、私たちが存在することもなかったのです。

また、今もこのお方によってのみ、私たちは存在しています。

人間はこの造り主なる神から離れて生きるとき、 存在目的、存在価値、アイデンティティを失うのです。

なぜこのお方は私たちを、そしてこの世界を創造されたのでしょうか?

それは私たちを愛するため、いつまでも共に生きるためであったと聖書は語ります。 この天地の造り主は、愛であるゆえに私たちとこの世界を創造し、共に生きようとされるお方なのです。

このことは結婚の誓い(誓約・契約)と非常によく似ています。 全能の父であり、天地の造り主なる神が、まず私たちを永遠に愛することを誓われ、 共に豊かに生きるために、すべての舞台設定をされたのです。

造り主は、人間が神と共に生きていくことが出来る環境を、すべて整えてくださいました。

水、光、空気、食物、衣服、住居、 適度な温度と適度な気圧、有害な宇宙線をカットするオゾン層などなど…。

そして私たちにいのち、肉体、神に応答することができる能力、 自由意志、地を治めることができる能力、生殖能力(DNA)などを与えて下さったのです。

そうして創造されたのが、この地球の生態系(エコロジー)と私たち人間です。

創造主なる神は人間に自由意志を与えてくださいました。 これは人間をロボットのようにはされなかったということです。

造り主がデザインし、無から創造されたものすべては非常に良いものでした。 すべて全能の父なる神、造り主なる神の最高傑作だったのです。

最近地球規模の環境破壊が大きな問題になっていますが、 そのことでこの地球のエコロジーが、絶妙なバランスの上に成り立っていることがわかってきました。 環境破壊は創造主なる神を神とせず、自己中心に生きる一人一人の人間によってもたらされています。

しかし永遠の父であり、天地の造り主なる神は、 たとえあなたがその愛を裏切り、 背を向けつづけていたとしても、 変わることなくあなたを愛し続け、 探し続け、呼び続けて下さっているお方です。

世界中の神々は、 人間を造られた神と、人間が造ったり祭り上げた神々に分けることが出来ます。 そして造り主と造られたもの(被造物)との間には、無限の質的な違いがあります。

私たち人間はどんな人であっても造られた者であって神ではないのです。 どんな家系に生れても、どんなに自己啓発や修行をしたとしても、死んだとしても、 人間は絶対に創造主なる神にはなれないのです。

天皇も人間宣言をしてもしなくても、一人の人間であって創造主なる真の神ではないのです。

日本では太陽を天照大神と呼んで伊勢神宮にまつり、太陽が皇室の祖神として崇拝されています。 けれども太陽も創造主によって造られた被造物であって、真の神ではないのです。

(野町)