生かされている理由

Wed, 27 May 2009 10:36:29 JST (2922d)

私たちは、自分の力で生きていると思いがちです。しかし突然、「私は神の偉大な力の中で生かされているのだ」ということに気づかされる時があります。

詩人吉野弘さんの作品の中に、I was bornという素晴らしい詩があります。「生まれる」ということも、受動態でしか表現できない、まさに受身の恵みであることを覚えます。

「救い」もまさしく受身の恵みです。「救われる」、「救われた」というように、受動態でしか表現できません。私たちは自分で自分を救えず、自分で自分を変えることが出来ません。罪と死の問題に対して無力である故に、救い主(キリスト)がどうしても必要であることを覚えます。

そのような受身の恵みに目が開かれていく時、驚きと感動に包まれ、感謝が溢れてきます。それと同時に、生まれてきた理由、生かされている理由を改めて考えさせられます。

最近「愛されるために生まれてきた」という歌が全国各地で歌われています。生かされている理由もまた、愛されるためであり、愛されているからこそ生かされているのではないでしょうか。そして、愛されている喜びと救われた感謝をもって、キリストを証ししていくために、私たちは先に救われたのではないでしょうか。