罪のゆるし

Sat, 12 Feb 2005 12:52:20 JST (4456d)

「加害者は忘れることが出来ても、被害者は決して忘れることが出来ない。」

この言葉は、韓国で働いている、ある日本人宣教師が語ってくれた言葉です。 人間の心理を鋭く言い当てている言葉だと思います。

被害者にとって、最も苦しむことは、相手を赦すことが出来ないということです。

交通事故、殺人事件、医療ミス、戦争などで、愛する家族を失った遺族たち。

幼い時から、愛ではなく暴力と虐待を受けて育った子どもたち。

学校でいじめ、差別、恐喝に出会った生徒たち。

だまされたり、裏切られたり、いいように利用された人たち。

ナイフよりも鋭く心をえぐる言葉で刺された人たち。

思い出す度に、被害者は、怒りと憎しみで沸き立つ心を静めることが出来ません。 まるで割れたガラスの破片をギューッと握り締めて生きているようです。

良心ある加害者は、自らの犯した罪による罪責感に苦しめられます。 罪責感を覚えつつ、赦されない、取り返しがつかないということは、耐えられません。 犯した罪が赦されないことを覚える時、人は苦悩の中で自殺することも考えるでしょう。 赦しを感じることがなければ、人は決して心のやすらぎを持つことが出来ないからです。

こう考えると、人が本当に幸せに、平安を持って生きるために必要なことは、 「罪のゆるし」であることがわかります。

キリスト教会には、この「罪のゆるし」と人を赦す力と愛が与えられています。

聖書は、すべての人が造り主なる神に対して、返済不可能な罪の負債を抱えていることを明らかにすると同時に、 すべての人に対する、あわれみ深い神の、罪の赦しの宣言を明らかにしているのです。

イエス・キリストが、私たちの身代わりとして十字架につけられて死に、よみがえられたことによって、 私たちの償うことが出来なかったすべての罪の負債はすでに赦されています! そう聖書は語っています。

この考えられない神のあわれみ、神の赦しを私たちが体験する時、 心の中にあるすべての敵意と隔ての壁は、ガラガラと音を立てて崩れ去っていくのです。 ベルリンの壁が、旧ソビエトが崩壊したように…。

神へのいけにえは、砕かれたたましい。砕かれた、悔いた心。 神よ。あなたは、それをさげすまれません。 (詩篇51:17)

マタイの福音書18:21−35参照

(野町)