愛児舎母の会メッセージ

Wed, 27 May 2009 11:02:33 JST (3100d)

「人を生かす神の言葉としての聖書」

野町真理

 まず聖書は、「あなたは偶然の産物ではない」と語っています。創造主なる神は、あなたが豊かに生きるために必要なすべてを造られた後、あなたを神のかたちに似せて造られました。神はあなたを愛するために、そしてあなたと共に生きるために、あなたを人として造られたのです。

 次に聖書は、「あなたは、自分が神になろうとして神に反逆し、自己中心な歩みを始めてしまった」と語ります。あなたは、自分が造られた者だということを認めず、まるで自分の力で生きているかのように、自分を信じて生き始めたのです。その結果あなたは、いのちの源である神から遠く離れ、いのちを失い、何のために生きているのかがわからないまま、むなしく生きる者となってしまいました。そして自分の罪を認めようとせず、責任を他人や神に転嫁する者となったのです。

 しかし聖書は、「あわれみ深い神が、今から2000年ほど前、世界で最初のクリスマスに、人となられてこの地上に降りて来て下さった」と語っています。人となられた生ける神。それがイエス様です。イエス様はキリスト(救い主)として、失われた人を捜して救うために来て下さいました。あなたを救うために、イエス様はあなたのすべての罪を身代わりに背負って、十字架につけられて死に、お墓に葬られました。けれどもイエス様は、3日目の朝、イースターの朝に、死人の内からよみがえられ、今も生きておられます。そしてだれでも心の扉を開いてイエス様を迎え入れるならば、イエス様は私たちの内に入って下さり、死が終わりでない永遠のいのちに生かして下さるお方です。

 イエス様の愛は無条件です。ありのままの、そのままのあなたを愛し、受け入れて下さいます。そしてこの愛は、あなたを新しく造り変えて、あなたをキリストに似た愛の人に変えて下さる愛です。

 この愛の中に生かされていなければ、人は条件付でしか他者を愛することが出来ません。たとえお腹を痛めて産んだ自分の子どもであったとしても、自分の思い通りにならなければ、愛することが出来ないのです。親の言うことを素直に聞く子、親の期待に応える子であるならば、愛することができます。しかしそうでない場合は、子どもをストレスの源、重荷、悩みの種としか見ることの出来ない状態になってしまいます。