エホバの証人とキリスト教会における聖書の読み方の比較

Wed, 27 May 2009 11:13:24 JST (2889d)

私は、熱心に訪問伝道なさっているエホバの証人の方々に、大変敬意を覚えております。

それ故に、あえてエホバの証人とキリスト教会における聖書の読み方の比較をしてみたいと思いました。

敬愛するエホバの証人の方々は、聖書が神の霊感による神の言葉だという堅い信仰を持たれています。この点は聖書信仰に立つキリスト教会とまったく同じ立場です。

けれども大変残念なことは、多くのエホバの証人の方々が、文脈に沿って、聖書そのものに聖句の意味を決めさせる必要性を、あまり感じておられないということです。

エホバの証人の方々が用いておられる新世界訳聖書であっても、文脈を大切にして読むならば、過分のご親切(キリスト教会では「驚くばかりの恵み」、アメイジング・グレイスと表現します)の本当の素晴らしさ、つまり神の賜物として無代価で与えられる救いの確信を、充分味わうことが出来ることを私は覚えています。(野町)

新世界訳聖書 エフェソス2章8節〜10節

まさにこの過分のご親切のもとに、あなた方は信仰によって救われているのです。そして、これはあなた方によるのではなく、神の賜物なのです。そうです、それは業によるのではありません。だれも誇ることのないためです。わたしたちは神の業の所産であって、キリスト・イエスと結ばれて良い業のために創造されたのです。それは、わたしたちがそのうちを歩むようにと神が前もって準備してくださったものです。