フロンティア2019青年宣教大会

国内宣教を受け持つ伝道部の部員として、フロンティア青年宣教大会に全日参加することができた恵み。
青年たちで約350名、キッズとそのご家族を入れると500名ほどの参加者。
全力でメッセージをとりついでくださった講師の先生方、準備から縁の下の力持ちとして関わってくださったスタッフの先生方と神学生。国内宣教の分科会はなくなってしまったが、ブースでキャラバン伝道の案内などを配らせていただいた。豊かに用いられますように。

フロンティア2019青年宣教大会

光の森聖書教会献堂式2019-08-07

伝道部(国内宣教)で担当させていただいている九州熊本、光の森聖書教会の献堂式に参加することができた恵み。
日本と韓国の素敵な宣教協力の結実。主よ!日本と韓国の宣教協力が、アジア宣教と世界宣教のためにさらに豊かに用いられますように!

光の森聖書教会献堂式2019-08-07

国内宣教フロンティア

MBC2019夏

小学生第一ベースキャンプに、杉戸キリスト教会から4名の小学生の参加。息子の初参加で付き添いの予定が、当日朝に急遽カウンセラーをすることに。本当に久しぶりにバイブルキャンプでカウンセラー。5名の6年男子との素敵な3泊4日。たんぽぽ教会牧師・はらっち先生の素敵なメッセージ。洗足の恵み。

MBC2019夏

逆説の10ヵ条 (The Paradoxical Commandments)

逆説の10ヵ条 (The Paradoxical Commandments)

1. 人は不合理で、わからず屋で、わがままな存在だ。それでもなお、人を愛しなさい。(People are illogical, unreasonable, and self-centered. Love them anyway.)

2. 何か良いことをすれば、隠された利己的な動機があるはずだと人に責められるだろう。それでもなお、良いことをしなさい。(If you do good, people will accuse you of selfish ulterior motives. Do good anyway.)

3. 成功すれば、うその友だちと本物の敵を得ることになる。それでもなお、成功しなさい。(If you are successful, you will win false friends and true enemies. Succeed anyway.)

4. 今日の善行は明日になれば忘れられてしまうだろう。それでもなお、良いことをしなさい。(The good you do today will be forgotten tomorrow. Do good anyway.)

5. 正直で率直なあり方はあなたを無防備にするだろう。それでもなお、正直で率直なあなたでいなさい。(Honesty and frankness make you vulnerable. Be honest and frank anyway.)

6. 最大の考えをもった最も大きな男女は、最小の心をもった最も小さな男女によって撃ち落とされるかもしれない。それでもなお、大きな考えをもちなさい。(The biggest men and women with the biggest ideas can be shot down by the smallest men and women with the smallest minds. Think big anyway.)

7. 人は弱者をひいきにはするが、勝者の後にしかついていかない。それでもなお、弱者のために戦いなさい。(People favor underdogs but follow only top dogs. Fight for a few underdogs anyway.)

8. 何年もかけて築いたものが一夜にして崩れ去るかもしれない。それでもなお、築きあげなさい。(What you spend years building may be destroyed overnight. Build anyway.)

9. 人が本当に助けを必要としていても、実際に助けの手を差し伸べると攻撃されるかもしれない。それでもなお、人を助けなさい。(People really need help but may attack you if you do help them. Help people anyway.)

10. 世界のために最善を尽くしても、その見返りにひどい仕打ちを受けるかもしれない。それでもなお、世界のために最善を尽くしなさい。(Give the world the best you have and you’ll get kicked in the teeth. Give the world the best you have anyway.)

by ケント・M・キース

暗闇に支配されないように

暗闇に支配された人々によって、毎日のように悲惨な出来事が起こっている。

そして、多くの人たちの心が痛んでいる。

だから、浜田省吾さんの歌「光の糸」の歌詞をぜひ紹介したい。

「暗闇に支配されないように」という祈りと願いが込められた歌だから。

光の糸

作詞:浜田省吾
作曲:浜田省吾

早春の入り江に さざ波寄せる
茜色に染まった 雲間に沈む夕日
波打ち際 跳ねる子どもたちの 笑い声に包まれ
このかけがえのない 静かな世界を
守ることを 誓う 心に強く

命の炎を高くかざして 道を照らせ
命の炎が燃え尽きるまで 友よ共に

未来へ連なる 光の糸を紡いでいこう
暗闇に 支配されないように
つないだ小さな手の温もりを 闘う勇気に変えて
残されたわずかな 時間の中で
焦らないで 緩まないで 生きる

命の炎を高くかざして 道を照らせ
来る日も来る日も燃え尽きるまで 友よ共に

日は落ち黄昏の青に縁どられて
自転車こぐ子どもらの弾んだ声 
我が家への道をたどる
新しい歌 懐かしい歌 歌って

命の炎を高くかざして 道を照らせ
来る日も来る日も燃え尽きるまで 友よ共に

立体的福音宣教について

立体的福音宣教について

私たち日本同盟基督教団は、国内宣教、国外宣教、そして次世代育成の青年宣教を三本柱にしています。現在私は国外宣教委員会から伝道部(国内宣教)に移り、宣教区長も他の先生にしていただいております。

けれども、廣瀬薫理事長が教団誌「世の光」の2019年5月号に書かれている「立体的な宣教」とは、やはり「国内宣教だけに限定されない世界宣教」だと覚えます。

海外在住の邦人宣教、国内在住の外国人宣教、さらには海外で信仰に導かれた後に日本に帰国されるリターニーのフォローアップ。実に聖書が語る「立体的な宣教」とは、それらが互いにリンクしあった、立体的、統合的、多角的な宣教協力ではないでしょうか。さらには、国内宣教においても、諸外国から派遣される宣教師との宣教協力が立体的な宣教をもたらします。

アメリカから次々に遣わされ日本国内で実践的訓練を受けている次世代のTEAM宣教師たち。韓国を中心としたアジアからの多くの宣教師たち。そのような宣教師たちとの宣教協力がさらに豊かにされる。そのような「立体的な宣教」によって、日本とアジアと世界に仕える世界宣教が成し遂げられていくことを夢見ています。

憲法記念日に

憲法の無意識 柄谷行人

 日本では外から危機が生じるとき、いいかえれば、超越的なものが外から到来するとき、内部で天皇を超越化するということです。それを示す最初の例は「大化の改新」(六四五年)です。これが起こったのは、唐が新羅とともにヤマトに到来することが必至と見えた時期です。したがって、つぎのようにいっていいでしょう。日本では、天皇が超越的な存在として実権をもつような時期は、内外において危機的な状態にある、戦乱状態にあるということです。p67

 くりかえすと、憲法九条が根ざすのは、明治維新以後七七年、日本人が目指してきたことの総体に対する悔恨です。それは「徳川の平和」を破って急激にたどった道程への悔恨です。したがって、徳川の「国制」こそ、戦後憲法九条の先行形態であるといえます。
 ただ、私がそのようにいうのは、憲法九条は日本文化に根ざしているという意味ではありません。また、徳川時代の国制を称賛したいわけでもありません。憲法九条が含意するのは、カントが明確にした普遍的な理念です。それについては次章で考えますが、ここまで私が試みてきたのは、その普遍的な理念が、なぜいかにして、他ならぬ日本において制度として定着したのかを示すことです。それは、日本人の意思あるいは理想主義によるものではない。それはむしろ、日本が侵略戦争を行ったことを通して、さらに占領軍による強制を通して実現された。私がそこに見いだすのは、いわば「自然の狡知」です。p79

孤独死とひきこもりについて

近年、孤独死なさる方やひきこもりの方が増えていますが、これは他人事ではないです。もしも私が、キリスト信仰に導かれていなかったとしたら、おそらく私自身がひきこもって、緩やかな自殺を試みたり、孤独死への道を歩んでいたはずだからです。

もしあなたが、ひきこもっておられるなら、以下の聖書のメッセージにぜひ耳を傾けてください。あなたを決して見捨てず、あなたを離れない神、主イエス・キリストの守りと導きが、あなたの上に豊かにありますように。

望郷・ふる里福島

望郷・ふる里福島

終わりにより

 平成二十八年三月、未曾有の震災の影響で避難していた高齢だった母は、避難先の病院で九十五歳の誕生日を前に生涯を終えました。
 日頃から「死ぬ時は自分の家で、畳の上で死にたい」と言っていた母が、「家に帰りたい」と言いながら、避難先の病院で息を引き取りました。
 母の生涯は何だったのだろうかと思います。最後まで「原発は安全」と信じていた母の最期を思うと残念でなりません。まだ冷静になれない私がいます。虚しく思い、悔し涙がこみ上げてくるのです。
 私は人と人の関係を大事にしたいから、原発には賛成できません。二度とこのような事故を繰り返してはならないと思います。・・・

クリスマス以上の喜びを、一緒に味わいましょう!

クリスマス以上の喜びを、一緒に味わいましょう!

2019復活祭歓迎礼拝

杉戸キリスト教会地図2016