2005年02月17日

オススメの本

レオンモリス黙示録.jpg

レオン・モリス師の黙示録

投稿者 shin : 22:17 | コメント (0) | トラックバック

2005年02月13日

今日届いた本

doingchurchasateam.jpg


Doing Church as a Team: The Miracle of Teamwork and How It Transforms Churches

投稿者 shin : 22:14 | コメント (0) | トラックバック

2005年01月28日

THE LORD OF THE RINGS

THE LORD OF THE RINGS
 THE FELLOWSHIP OF THE RING
 THE TWO TOWERS
 THE RETURN OF THE KING

 私が『THE LORD OF THE RINGS(指輪物語)』の魅力を最初に知ったのは、映画館で第二部「二つの塔」を見た時です。ほとんど絶望と思える状況、望み得ない中で、決してあきらめることなく悪に立ち向かい続け、邪悪な指輪を葬り去るための旅を続けていく「旅の仲間たち」の姿に、深い感動と励ましを覚えました。

 それで、洋書の第一部「THE FELLOWSHIP OF THE RING」を購入し、英語で読破することを試みましたが、意味のわからない単語が続出し、なおかつ壮大なスケールのファンタジーアドベンチャーである故に、想像力もなかなか追いつかず、現在読破中です。
 それでまず、古本屋で評論社文庫の日本語訳第一部を手に入れ、読み終えました。一人で使命を果たそうと決意したフロドを追いかけて、泳げないのに水の中に入っていくサムの姿に、うるうる状態となってしまいました。「今まいりますだよ、フロドの旦那!まいりますだよ!」…。いのちがけの旅にこれ以上サムをむりやり道連れにするわけにはいかないフロド。でもそんなフロドに、自分から喜んでついて来てくれるサムを覚えて、フロドはどんなにうれしかったことでしょうか!

 それから、第二部は映画で見たということで、第三部を買って読み終えました。でもどうやら映画では第二部の最後の部分は第三部に収められているようで、少しギャップがありました。ということで、結局日本語訳の第二部も購入することになりました。

 さらに、第三部「王の帰還」を映画館に見に行くことが出来ました。本当に感動して、実は2回も見に行ってしまいました。

 メル・ギブソンの「パッションThe PASSION of the Christ」は、ヨハネ福音書の受難のテキストに基づいて、ストレートにイエス・キリストを紹介していて本当に素晴らしい映画です(これも2回見に行ってしまいました)。「ロード・オブ・ザ・リング」は、創世記から始まって黙示録へと続く、聖書全体のメッセージを紹介している良い映画だと私は実感しています。

 この世はますます暗くなり、世の終わりへと向かっています。けれどもそのような中で、闇の中に光り輝く光としての主イエス・キリストを覚えながら、この映画を見るなら、この時代に生かされている意味と使命を、あなたもきっと見つけることが出来るでしょう。


All we have to decide is what to do with the time that is given to us.「それより今自分が何をすべきか考えることだ。」

I wish the Ring had never come to me. I wish none of this had happend.
⇒So do all who live to see such times. But that is not for them to decide.All we have to decide is what to do with the time that is given to us.There are other forces at work in this world, Frodo, besides the will of evil. …

「僕が指輪をもらわなければ…。こんな旅にも出ず…。⇒つらい目に遭うと皆そう思うがどうにもならん。それより今自分が何をすべきか考えることだ。…」(日本語訳字幕)

 上記の台詞は、第一部「旅の仲間」のモリヤ坑道のシーンで、フロドとガンダルフが語る言葉です。指輪のおかげで大変な目にあっているフロドは、この指輪が自分の手元に来なければよかったのにと心の底から願いました。その時、ガンダルフがフロドを励ますために語った言葉がこれです。厳しい現実の中で、共に歩みつつ最善をなしたもう神を信じ、なおかつ今自分がなすべきことを考えて歩み続けることの大切さを覚えさせられました。このガンダルフの言葉は、第一部の最後に、フロドが一人で指輪を捨てる旅を続ける決断をする時にも繰り返されます。


There is always hope.「望みは常にある。」(日本語訳字幕)

 上記の言葉は、第二部「二つの塔」のヘルム峡谷での戦いを前にしたアラゴルンの台詞です(ハレスという少年に対して)が、『希望は失望に終わらない(新約聖書・ローマ人への手紙5章5節)』という聖書のことばに通じるものがあります。

That there's some good in this world, Mr. Frodo. And it's worth fighting for.「この世には、命を懸けて戦うに足る、尊いものがあるんです。」(二つの塔 サムワイズ・ギャムジーの言葉の日本語訳字幕)

 指輪物語は、中つ国の主権、力、暗やみの世界の支配者たち、また、邪悪な指輪に捕えられ、心奪われた者達に対する戦いです。それは、以下のように聖書が語っているキリスト者の戦いと似ているように私は思います。

『私たちの格闘は血肉に対するものではなく、主権、力、この暗やみの世界の支配者たち、また、天にいるもろもろの悪霊に対するものです。…新約聖書 エペソ人への手紙6章12節』

投稿者 shin : 22:36 | コメント (0) | トラックバック

2005年01月12日

内村鑑三の「後世への最大遺物」(岩波文庫)


後世への最大遺物・デンマルク国の話

内村鑑三の「後世への最大遺物」(岩波文庫)です。

オススメの本です。

投稿者 shin : 15:56 | コメント (0) | トラックバック

2005年01月11日

オススメの本 成功への25の鍵 ポール・J・マイヤー著


成功への25の鍵―神の贈り物“あなたの遺産”を開く!

昨年のクリスマスに洗礼を受けた方から借りて読んでいる本。
岐阜純福音教会牧師の小山大三先生が翻訳しています。
聖書に基づいた良書です。

投稿者 shin : 15:52 | コメント (0) | トラックバック

今日古本屋で買ったよ(輸血拒否の謎)

輸血拒否.jpg


輸血拒否の謎

中澤啓介先生の「輸血拒否の謎」(いのちのことば社)です。
古本屋で見つけたので買ってきました。
聖書の読み方は、いのちに関わる重大な問題であることを改めて覚えると共に、牧師としての責任と使命を問われます。

まえがきより

 13歳の少女が交通事故のために入院した。医師は、手術をすれば助かると判断して、少女にそのことを話した。ところが少女は、「私はエホバの証人なので、輸血をしないでほしい」と申し出た。医師は「手術をすれば治る。輸血はどうしても必要な時だけしかしない」と話し、少女も納得し、手術を受けることにした。

 翌日、手術の準備に入ると事態が変わっていた。昨夜、どこから聞きつけたのか、エホバの証人の仲間が少女のところに来て、輸血を受けないように彼女を説得したのである。少女は輸血を拒んだ。

 その日、医師は再び少女の説得をはじめた。少女には身寄りがなかった。医師は、子どもであっても、本人の意思を尊重しなければならないと考え、本人の了解を取ろうと努力した。長い話し合いの末、彼女は、必要であれば輸血を受けてもよい、と了承した。ところが、その日もまた、エホバの証人たちが病院に押しかけ、彼女に輸血を受けるのを思いとどまらせてしまった。

 医師は、私の友人の宣教師に電話をした。その宣教師はエホバの証人のことをよく知っていたので、少女が輸血を受けるよう説得してほしい、と依頼されたのである。宣教師は、その少女を訪問することを医師に約束した。しかし、その日の夕方、医師から宣教師に再び入った電話は、その少女が先ほど息を引き取った、というものだった。

 その医師は、友人の宣教師に言った。「エホバの証人は少女の生きる権利を奪った。13歳の少女に『死ね、死ね』と言ったのだ。あれはどういう信仰なのだ。あなたがたキリスト教の宣教師や牧師は何をしているのか。彼らは、聖書を持ち出して『輸血は禁じられている』と言っているのに、だれもまともに反論していないではないか。」…

聖書の真理を愛する会

投稿者 shin : 15:47 | コメント (0) | トラックバック

2005年01月02日

オススメの本

聖書物語中川編.jpg

投稿者 shin : 15:44 | コメント (0) | トラックバック

2004年12月27日

オススメの本

リバイバル.jpg

投稿者 shin : 15:42 | コメント (0) | トラックバック

2004年12月09日

今日買った本

ロマ書内村.jpg

御茶の水CLCにて。教団情報支援部ミーティングの前に。

投稿者 shin : 15:40 | コメント (0) | トラックバック

2004年08月05日

今日買った本

受肉者イエス.jpg

名古屋CLCにて。東海聖書神学塾の20周年座談会前に。

投稿者 shin : 15:38 | コメント (0) | トラックバック

2004年07月03日

ぜひお勧めの一冊 『The Purpose Driven Life』

PDL.jpg

先日素晴らしい本が出版されました。リック・ウォーレン牧師が書いた『人生を導く5つの目的』という本です。(原題『The Purpose Driven Life』)

 この本は、40日間の霊的な旅を導くガイドブックです。人生の中で最も大切な問い、「何のために私は生きているのか?」に対する答えを見出すことにより、ストレスを減らし、エネルギーを集中させ、決断を容易にし、そして何よりも永遠への備えをすることができる本です。

クリスチャンの方はもちろんですが、求道中の方にも、ぜひ読んで頂きたい一冊です。個人で読むだけでなく、各会やファミリー、家庭や職場で共にこの本を読み、分かち合うなら、素晴らしい御業を見ることができると信じます。7月上旬に豊橋ライフセンターにも入荷予定です。税込みで2625円です。

投稿者 shin : 15:33 | コメント (0) | トラックバック

2004年06月22日

真のセキュリティ

所有欲が、人生のすべて(人生のゴール・目的)となってしまう場合があります。もっと所有できたとしたら、もっと幸せになれ、もっと偉くなれ、もっと安全(セキュリティ)を得ることが出来るといった考えは、ウソです。一時的な幸せしか、所有物はもたらしてくれないのです。

なぜなら既に得たモノは古くなっていくので、やがて私たちはそれらに飽き、もっと新しいもの、もっと大きいもの、もっと良いバーションのものを、次に欲しがることになるからです。

もっと所有できれば、もっと偉くなれるという考えも、根拠の無い神話です。あなたの値打ちは、あなたが所有しているモノによっては、決まらないのです。神は言われます。人生において最も価値あるものは、モノではないと。

お金に関する最も共通の神話は、もっとお金持ちになれば、もっと安全になれるというものです。でもそうではありません。富はコントロールすることの出来ない様々な要因によって、すぐに失われ得るものです。

真のセキュリティは、決してあなたから奪うことの出来ないただ一つのものの中にしか見出すことは出来ません。それはあなたに与えられている神との関係です。

THE PURPOSE DRIVEN LIFE(WARREN)より

投稿者 shin : 15:31 | コメント (0) | トラックバック

2004年06月01日

三浦綾子さんの「塩狩峠」の中で紹介される遺書と遺言


塩狩峠

三浦綾子さんの小説、「塩狩峠」の中で紹介される遺書と遺言

主人公の父、永野貞行の遺書と遺言

「人間はいつ死ぬものか自分の死期を予知することはできない。ここにあらためて言い残すほどのことはわたしにはない。わたしの意志はすべて菊が承知している。日常の生活において、菊に言ったこと、信夫、待子に言ったこと、そして父が為したこと、すべてこれ遺言と思ってもらいたい。わたしは、そのようなつもりで、日々を生きて来たつもりである。とは言え、わたしの死に会って心乱れている時には、この書も何かの力になることと思う。

一、信夫は永野家の長男として母に孝養を尽し、妹を導き、よき家庭の柱となって欲しい。

一、ただし、立身出世を父は決して望んではいない。人間としての生き方は、母に学ぶがよい。

一、信夫は、特に人間として生まれたということを、大事に心に受け止めて、真の人間になるために、格別の努力を為されたい。

一、わたしは菊の夫とし、信夫、待子の父として幸福な一生であった。それはすべて神が与えたもうたからである。

一、父の死によって経済的に困窮することがあるとしても、驚きあわてないこと。必要なものは必ず神が与えたもう。

一、わたしの葬儀は、キリスト教式で行われたい。

以上、このごろ時々疲れを甚だしく覚えるので、万一の為に記して置く。

貞行

一月十四日

菊殿

信夫殿

待子殿」

自分の日常がすなわち遺言であるような、そんなたしかな生き方。

常に死を覚悟して生きて来た姿。

聖書の中に記されたJesusの遺言

あなたがたに新しい戒めを与えましょう。あなたがたは互いに愛し合いなさい。わたしがあなたがたを愛したように、そのように、あなたがたも互いに愛し合いなさい。もしあなたがたの互いの間に愛があるなら、それによって、あなたがたがわたしの弟子であることを、すべての人が認めるのです。」…ヨハネ13:34-35

投稿者 shin : 14:38 | コメント (0) | トラックバック

2004年05月30日

THE PURPOSE DRIVEN LIFE(目的にドライブされる人生)

 先週の木曜日、教団の情報支援部の会議のために東京に行きました。少し早く東京に着いたので、御茶ノ水クリスチャンセンターに初めて行って、リック・ウォーレン牧師によるTHE PURPOSE DRIVEN LIFE(目的にドライブされる人生)という本を買って来ました。

 THE PURPOSE DRIVEN CHURCH(邦訳タイトルは「健康な教会へのかぎ」)に続くベストセラーです。既に日本語訳に取り組んでおられる方がいらっしゃるのでしょうか?近い将来、必ず日本語訳が出る本だと思います。

 この本は、40日かけてじっくり味わう本です。ノア、モーセ、約束の地に遣わされたスパイたち、ダビデ、エリヤ、ニネベの人々、主イエス、そして復活なさった主による弟子たちの40日に至るまで、聖書の中には、40日かけて私たちを訓練し、整え、変えて下さる主の恵みが記されています。

 木曜日から読み始めて、今日で4日目です。共に分かち合って40日を歩んで行きたいと願っています。

この地上で何のために私はここにいるのか?


1日目-すべては神と共に始まる

私たち自身に目を向け続けるなら、決して人生の目的が明らかにされることはない。

あなたは神によって造られ、神のために造られた。だからそのことを理解するまでは、人生は無意味であり続ける。


2日目-あなたは偶然の産物ではない

あなたの母があなたを身ごもるずっと前に、あなたは神の御心の内に宿っていた。


3日目-あなたの人生をドライブしているのは何か?

罪責感

恨みや怒り

恐れ

物質主義

好意や称賛を得たいという思い

あなたの人生のための神の目的を知ること以上に大切な事はない。そして神の目的を知らないということを埋め合せ出来るものは何もない。

目的にドライブされた人生がもたらす良きこと

あなたは記憶されるためにこの地上に置かれているわけではない。あなたは永遠のための備えをするためにこの地上に置かれている。


4日目-あなたは永遠に生きるために造られた

この人生は、次なる永遠の生のための備えである。
あなたが永遠の光の中に生きる時、あなたの価値観は変わる。

Wiki For Jで更新中です。

wikiforj

(野町)

The Purpose Driven Life: What on Earth Am I Here For?

投稿者 shin : 23:09 | コメント (0) | トラックバック

2002年02月20日

僕はハッカー?!

 リナックスの革命 ハッカー倫理とネット社会の精神 (The Hacker Ethic-And the Spirit of the information age)
 ペッカ・ヒマネン、リーナス・トーヴァルズ、マニュエル・カステル 河出書房新社(2001年5月) 1600円

を読むと、まず、ハッカーとクラッカーの違いが明記されている。不正アクセスをしたり、ウイルスを作ったりするのがクラッカーで、ハッカーとは、以下の様な人々であるとの定義が紹介されている。

ハッカーとは「プログラム書きに情熱を燃やす」人々で、「情報の共有は影響力大の絶対善であり、自分の専門知識を広く公開するのはハッカーの倫理的義務だから、自作のソフトをフリーで提供したり、可能な場合は情報やコンピュータ資源にだれでも簡単にアクセスできるようにするべきだ」と信じている。

ハッカーとは基本的に「あらゆる種類の専門家もしくは熱中家であり、例えば天文学のハッカーというものも存在する」by ジャーゴン・ファイル

 そういう定義から言うと、私は神学のハッカーあるいはハッカー的キリスト教伝道師ではないか!

 この本の中では以下の様な興味深い議論がなされている。

ハッカー倫理(仕事との情熱的な関わりかたを示す新しい労働倫理+ハッカー的金銭倫理+ネットワーク倫理)

 ⇔ プロテスタント的労働倫理(by マックス・ウェーバー:プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神)

これからじっくり読んで、考えてみたい。

投稿者 shin : 13:18 | コメント (0) | トラックバック

2002年02月19日

インターネットはからっぽの洞窟?

 何年か前に話題になった本の中に、『インターネットはからっぽの洞窟』という本がある(クリフォード・ストール/倉骨 彰訳/草思社)。

 今日、その本を古本屋で立ち読みしていたが、インターネットに対するネガティブな批判はとても新鮮であった。しかし私がホームページを開設し、更新しているのは、からっぽの洞窟の中に、いわば世界で最高の宝物(イエス・キリストの福音)を持ち込むためである。インターネットのホームページを開設するのにそんなにお金はかからない。そしてインターネットは、個人であっても、情報を広く発信することが出来る強力な道具だと私は考えている。

投稿者 shin : 13:20 | コメント (0) | トラックバック

2001年10月22日

失敗学のすすめ

今日、畑村洋太郎著の「失敗学のすすめ」(講談社)という本を買った。
以前大学で学んでいた時から教えられていることを、改めて考えさせられる本だ。

最近注目されているものは何か?それは成功学ではなく失敗学!

なぜか?(失敗学が注目されている理由)

もし失敗の経験から学ぶことをしなければ、 同じ過ちを何度でも犯し、成長がない。
けれどももし失敗から学ぼうとするならば、少なくとも同じ過ちを犯すことから守られ、成長する。
失敗から学ぶということは、なぜ失敗したのかという原因を追求し、それに対処しながら生きること。
自分の失敗から学ぶことも大切であるが、
他人の失敗から学ぶことも、とても大切。

改めて聖書に耳を傾けると、聖書は失敗学のテキストで満ちている。
創世記2章以降は、人間の失敗の連続の歴史が記されているといっても過言でない。

サタンの誘惑に負け、 善悪の知識の木の実を取って食べた(神を神としない) という大失敗。
神ではなく自分の知恵や力に頼ることによる失敗。
自分に栄光を帰したいという誘惑に負ける失敗などなど。

牧会伝道・教会形成において、時に牧師・伝道師も失敗を犯す。
あるいはキリスト者・教会の歩みにも様々な失敗がある。

しかし聖書は、決して失敗なさらない神が、私たちと共に歩んで下さっていることを語っている。
取り返しのつかない失敗を犯した者に、やり直しの機会を与えて下さる神。
失敗を益に(マイナスをプラスに)変えて下さる救い主なる神。
そのお方こそ、私たちのすべての罪過のために身代わりに十字架について下さったお方。
その御名は、主イエス・キリスト。

成功談を聞いても、慰めを受けることはほとんどないが、
失敗談には慰めとやり直すことが出来るという福音がある。

投稿者 shin : 13:27 | コメント (0) | トラックバック