第一章 序論 ―「絶対他者」か「痛む神」か?

1、神観の重要性について

 私たち人間は生まれ育った、あるいは置かれた環境の中で、それぞれ自分の言葉、ものの見方・考え方を身につけていく。環境は以下の二つに大きく分けることができると考えられる。地理的環境と歴史的環境である。

 地理的環境とは、風土と言う言葉に置き換えることもできる。日本のように海で囲まれた島国では、外部からの影響が大きな環境変化をもたらすケースが多い。

 また、歴史的環境とは、思想、宗教、哲学、文学、神学、科学、工学、音楽、芸術などを含めた広い文化の流れを指す。特に21世紀を目前にした現代社会は、近代の科学技術の発達とそれに伴う人間中心主義、合理主義、実利主義によって、大きく影響を受けている。

 具体的な思想としては啓蒙思想、進化論などを挙げることが出来る。そして私たちは今、急激に変化し続けている時代に生かされている。それらの環境が相互に影響し合い、文化、人生観、世界観が形成される。

 私たちはある一つの言葉を聞いたり、見たりした時、その言葉からある固有のイメージを心に思い描く。例えば、日本語の「神」という言葉を聞いたり、見たりした時、どのような存在を想像するだろうか?あるいはイエス・キリストという名前を聞いたとき、どのようなお方をイメージするであろうか?どんな人間であっても、自分が身に付けたそれぞれの言葉に何らかののイメージを持っている。これは先入観と言い換えることのできるものである。

 北森嘉蔵が指摘しているように、「神学とは福音の厳密なる理解であり、神学は究極においては神観に帰着する。」[1]ということができる。神観とは神をどう捉え、どう仰ぐかということである。「私たちが神ということばを聞いた時、あるいは見たとき、どういうイメージを持っているのか?」このことが神学ではまず問われる。神観がその人の人生観、世界観を決定的に方向づけ、その結果その人の生き方を定める。祈り方、礼拝の仕方といったキリスト者としての生活の仕方のすべても、まさにその人の持っている神観によって決定されるのである。

 ヘブル語で書かれた旧約聖書とギリシア語で書かれた新約聖書は、今なお、6858程もある世界各国の言語に翻訳され続けている[2]。聖書の神は、旧約聖書では、エロヒームあるいはヤーウェーという言葉で、新約聖書ではセオスあるいはキュリオス、そして何よりもイエス・キリスト(インマヌエル)という名前で伝えられてきた。これらの聖書は、福音の神からの啓示によって、人格的に出会い体験した神のイメージ、つまり「神がどのようなお方であるか」という神観を、時代を超えて、今も全世界のすべての人間に語り続けている。

2、北森嘉蔵とカール・バルトの神観の相違―第二次世界大戦前後の歴史的状況の中で

北森嘉蔵の神観―「痛む神」

 北森嘉蔵(1916−1998)は、『キリスト教神学への日本の寄与』"Japanese contributions to Christian Theology"(1960)を書いたカール・マイケルソン(Carl Michaelson)の貢献により、その主著『神の痛みの神学』によって世界に知られるようになった日本の神学者である。

 キリスト教神学事典(A.リチャードソン/J.ボウデン編、教文館)の十字架の神学の項(ユルゲン・モルトマン執筆)には、『第二次世界大戦の末期に、日本の神学者北森嘉蔵とドイツの神学者D.ボンヘッファーとは同時に「痛み」または「世界における神の苦難」の重要性を発見した。』と記されている[3]。

以下に、モルトマンの北森嘉蔵に対する評価を記す。

『わたしはもはや単にキリストの十字架が人間にとって何を意味するかを問うのみならず、神の御子の十字架は、「わが父よ」と呼ばれた神御自身にとって何を意味するかを問うたのである。わたしはこの問いに対する答えを、神の深い苦しみを知覚することに見出した。この神の苦しみは、ゴルゴダにおける御子の死と結ばれており、その死のうちに啓示されている。それは限りなき愛の苦しみである。だが、この苦しむ神という考えは、西洋の神学伝統に反した。この伝統は、神の不死性と共に、神は本質的に苦しまない(アパティー)と教えているのである。…さらに類似の思想を日本の神学者北森嘉蔵に見出した。彼は、大戦の終わり頃「神の痛み」を発見し、それでルターの十字架の神学を超えたのである。あの時代、ディートリヒ・ボンヘッファーも獄房で「苦しむ神だけが助けられる」と書いた。』[4]

 アリスター・マグラス(Alister McGrath)も”Christian Theology, An Introduction(1994)”において『「神の苦難」の神学的な意義に関する議論への主要な貢献の中で、2つのものが特に重要なものとして取り上げられなくてはならない。』としてユルゲン・モルトマンの『十字架につけられた神』(1974)と北森の『神の痛みの神学』(1946)を挙げている[5]。また、マグラスは夫人との共著の中でも

『日本の神学者である北森は、神の痛みについて名著を残しています。第二次大戦後に出版された『神の痛みの神学』の中で彼は、神がどれほど被造物の苦しみと痛みを担われているかを指摘しました。神は人間の苦しみによって傷つき、人間の悲しみを、深く悲しんでおられます。神は人間の痛みを同じように体験され、罪によって人間から離れなければならないことを嘆いておられるのです。』[6]
と述べている

 『神の痛みの神学』は1946年、第二次世界大戦直後(1945年8月15日に日本降伏)に日本で出版されている。そしてその英訳は1965年(John Konx Press)に、ドイツ語訳は1972年に出された。1972年はモルトマンの「十字架につけられた神」が出版されたのと同じ年である。モルトマンの弟子ルドルフ・ヴェートは、『神の痛みの神学』が二つの「カイロス」を持ったと言っている。第一は「日本的なカイロス」であり、第二は「ドイツ的カイロス」であり、そのドイツ語訳が三一論的「十字架の神学」が本格的な関心事となりつつある時に出されたことである、と言う[7]。 その後、『神の痛みの神学』はスペイン語(1975)、イタリア語(1975)、韓国語(朴錫圭訳)(1987)に翻訳されている。

初期のカール・バルトの神観―「絶対他者」

 カール・バルト(Karl Birth 1886-1968)は、人間中心主義に基づいた自由主義神学に行き詰まり、聖書を通して語られている福音の神の言葉を改めて聞き、熱烈に古きものに出会い、福音主義神学への道を切り開いていった20世紀を代表する神学者である[8]。バルトは著書「ローマ書講解」(1919年初版、第二版1922年[9])において、当時の、神を神としないヒューマニズム的自由主義神学に対して、「絶対他者」としての神を強烈に提示した。

 これは結果として、神と人間との「質的差異」を強調したとも言える。真の神は人間が勝手に造り、祭り上げた神(これが偶像である)ではないこと、人間が造った神ではなく人間をも造られた神、まさに天地万物を創造した創造主、今もその御手で全宇宙を動かしておられる超越者、すべてのものの主であること、一言で言えば、バルトは「神が神であること」を提示した。言い換えれば、「神の神性」を全面的に強調したと言える。

 バルトにとって「神の神性」とは、人間と対比して、まさしく無限の「質的差異」を持った「絶対他者」である。それは、あらゆる人間的な可能なこと(今日の文化的・社会的・愛国的問題)をするかわりに、「まったく最初からやりなおす」ことであり、「神が神であることを承認すること」からの再出発であった[10]。

 ドイツがヒットラーによってナショナリズム、アウシュビッツに代表されるホロコースト、世界大戦へと行進していったただ中に、バルトは生きた。ヒットラーは政権掌握(1933年)した後、急速にその正体をむき出しにしていった。その際、過半数のプロテスタントはいわゆる「ドイツ的キリスト者」を名乗ってナチスに追随した。この事態を黙視できなくなった人々が、これに抵抗する「告白教会」を形成した。そしてこの「告白教会」によって信仰告白の形をとったバルメン宣言(1934年)がなされた[11]。このバルメン宣言の起草者の一人がバルトである。これによって自らの戦責をも告白しつつ、ナショナリズムに対して「否(ナイン)!」を叫び、神学的抵抗がなされていったのである[12]。

 以下に、1940年、ドイツが勝ち誇っていて、誰もその年には5年後のドイツ降伏を予想できなかったような状況下でのバルトの言葉を記す。

『神はただひとり在したまい、神にならぶべきいかなる存在も存しない!この命題以上に危険な、革命的なものはほかにない。世界の中にあるすべて存立しているもの、いやすべて変動するものもそうだが、それらはみな、イデオロギーとか神話とか、隠蔽されたあるいはあらわな宗教とかによって、そしてその限りにおいてあらゆる可見的不可見的神性また神的なものによって、生きているわけである。神はただひとり在したもうという命題の真理とぶつかって、アドルフ・ヒットラーの第三帝国は滅びてしまうだろう(KDU/1, S.500)。』[13]

 これは、戦時下の日本の教会が、国家神道のナショナリズムに対して信仰の歯止めを外し、抵抗出来なかったのと対照的である。バルトは、このような日本的(国家主義的)基督教という体質があったゆえに、著書『福音主義神学入門』の日本語版序文(1962年に執筆)[14]において、北森嘉蔵の『神の痛みの神学』が「日本的」神学であるということに対して真剣な疑問符を提示している。

 戦時下において、日本基督教団(トップ)は伊勢神宮に参拝し、アジア諸国に対して、『日本基督教団より大東亜共栄圏にある基督教徒に送る書翰』[15]を公的に発信したのである。このことについては第四章『神の痛みの神学』における課題点で論じる。

 『神の痛みの神学』の中で、北森嘉蔵はバルトの神観について以下のような批評をしている。

『この神学の見た神は、人間との「対立」における神であり、この神学の終始一貫せるモティーフは、「神と人間との原理的対立」を主張することであった。…対立・排他性・質的相異・否定・第一戒。…そのため彼にとって神は「裂け目や痛みのない一つの全体」ein Ganzes ohne Risse und Schmerzen(KD U/1 S.690)である。包むことをしない神が痛みなき神であることは当然である。』[16]

 北森の神観は「痛む神」であり、北森が受けとめたカール・バルトの神観は「痛みなき神としての絶対他者」であった。

3、神の受苦不能性について

 初代教会は、十字架につけられたイエス・キリストを神としてほめたたえた。故に彼らは徹底的に「神の受苦」について語ることができたはずである。しかし初代教会は受苦不能性の公理を保持した。このことについてJ.モルトマンは、以下のような二つの理由とコメントを述べている。

『(1)神は、その本質的な受苦不能性により、人間およびあらゆる神ではないものから区別されるのであって、それらは受苦するものであり、はかなく変易し、死すべきものである。

 (2)神が、その永遠の生命へと人間たちをあずからせることによって、人間たちに救いを与えるとすれば、この救いは、人間たちを不死で、はかなく変易しないものにし、したがってまた受苦することのないものにする。』[17]

 それ故、受苦不能性は、人間の救いにとって、土台となるような公理である。しかし、

『キリスト教神学において、受苦不能性が本来意味することは、ただ、神ははかなく変易する被造物と同じ仕方で受苦に服するものではない、ということだけである。』[18]

 「絶対他者」としての神がもしあらゆる点で「苦しまない神」「痛まない神」であるならば、そのような神は、人間が自ら招いた悲惨の中で苦しんでも、痛くもかゆくもないという神となる。今日孤独の中で生き、死を迎えていく多くの人々が、自分が死んでも同じ様に世界は動き、同じ様に人々が生活し続けるのではないかと考える。そして彼らは神さえもどこか遠くにいる超越者であると考え、希望を持てないで生きている。このような人々にとって、「苦しまない神」という神観が何の救いにもならないのは当然である。次章では、北森嘉蔵の神観をその著書「神の痛みの神学」の中に見ていく。


[1] 北森嘉蔵『神の痛みの神学』、講談社学術文庫、1986年、24、72、223頁参照

[2] Wycliffe Bible Translatorsのホームページ

 (http://www.wycliffe.org/wbt-usa/trangoal.htm)参照

[3] A.リチャードソン/J.ボウデン編、佐柳文男訳『キリスト教神学事典』、教文館、1995年、301−302頁(J.モルトマン執筆の「十字架の神学」の項)

[4] J.モルトマン『二十世紀神学の展望』、新教出版社、1989年、200−201頁

[5] 日本基督教団千歳船橋教会『「神の痛み」の60年−北森嘉蔵牧師記念誌』、1999年、43-44頁より引用。これは千歳船橋教会のホームページからダウンロードすることが出来る。(http://www.aurora.dti.ne.jp/~cfchurch)

[6] ジョアンナ&アリスター・マグラス『自分を愛することのジレンマ(THE DILEMMA OF SELF-ESTEEM)』、いのちのことば社、1996年、166−167頁

[7] 北森嘉蔵『神の痛みの神学』、巻末の北森の解説(292−293頁)より引用

[8] エバーハルト・ブッシュ、小川圭治訳『カール・バルトの生涯』、新教出版社、1989年

[9] カール・バルト、小川圭治・岩波哲男訳『世界の大思想33 ローマ書講解(第2版)』、河出書房新社、1969年

[10] 富岡幸一郎『使徒的人間―カール・バルト』、講談社、1999年

[11] J.モルトマン『二十世紀神学の展望』、新教出版社、168−170頁に、バルメン宣言の日本語訳が記載されている。なおこの本にはシュトゥットガルト罪責告白(1945)、ダルムシュタット宣言(1947)と続く、ドイツ罪責告白の系譜の日本語訳も併記されている

[12] リヒャルト・フォン・ヴァイツゼッカー、永井清彦訳『荒野の40年―ヴァイツゼッカー大統領演説(岩波ブックレットNO.55)』、岩波書店、1986年

[13] 大木英夫『人類の知的遺産72 バルト』、講談社、1984年、225項より引用

[14] カール・バルト、加藤常昭訳『福音主義神学入門―カール・バルト著作集10』、新教出版社、1968年、203−205頁

[15] 太田和功一『アジアのキリスト者とともに』、いのちのことば社、1986年、141−158頁

[16] 北森嘉蔵『神の痛みの神学』、29-31頁

[17] J.モルトマン、土屋清訳『組織神学論叢1 三位一体と神の国 神論』、新教出版社、1990年、52−53頁

[18] 同書、53頁


第2章

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